<神楽塾 師範紹介>

 

         右) 尾崎 晌 師範  八段 (全日本合気道連盟理事長、大田区合気道会代表師範)
         左) 正岡 玄舟師範  七段 (璞合気凌雲館主席師範)
         ※通常の稽古は 道場長 中島 が担当します

<神楽塾 道場長 中島 玄風>

大学一年時、日本の武道に興味があった事が理由で合気道部に入部。
入部より半年後、 正岡 玄舟 師範 と出逢う。正岡師範に強烈に魅せられ師事、生涯の師を得る。
大学在籍時に師匠のお導きで合気会本部師範 故・佐々木の将人 師範 と多少のご縁を頂き、
また大きな学びを戴く。
帰郷の為、師匠の許を離れるも合気道の探究心は尽きることなく、稽古を積む。
その間も年に数回は師匠の許へ帰り、ご指導賜る。
平成30年に四段位を允可される。
2019年、平成が終わり令和となった時代の節目に新道場設立を決意。
神の息吹が宿る出雲の地にて「神楽塾」と命名。
開塾を機に、師匠のお導きで全日本合気道連盟理事長 尾崎 晌 師範 とご縁を頂き、ご指導頂く。

・道場長 演武

 

<稽古指針>
日々の稽古を皆で仲良く、明るく、楽しく!
神楽塾は道場長を頂点としたピラミッド型組織ではなく、道場長を中心とした家族、
ひとつのファミリーのような集まりでありたい、と願っております。
日本の民を古くは大和民族と称した様に。
日本の通貨が円である様に。
日本の国旗が日の丸である様に。

 

道場長コラム 「武道」について

・「武」
「武」の字を分解すると、戈(ほこ・武器)と止で成り立っています。
故に、武とは戈を止める、つまり理不尽な暴力を止めるのが「武」と解釈されがちです。
それは間違ってはいませんし、武の一つの側面である事は確かです。
しかし「武」の本来の意味とは、「矛を持ちて勇ましく進む様」であります。
戈は武器、止は進むの意です。現代の一般解釈では止=進むと言われても釈然としませんが、
「止」の上に「口」を置いた形が「足」であり、「歩く」「走る」にも止の字が含まれている事が
解り易いかと思います。
太古の時代、人類が石器武器を持ち狩りに行く事は命懸けだった事でしょう。
それは自分と、そして大事な人を食べさせる為、即ち生きる為。
武とはそのような勇気を示した言葉です。
「矛を持ちて勇ましく進む様」は転じて「人生のあらゆる困難に屈しない」。
神楽塾に於いての「武」とは、そのように解釈します。

・「道」
命令を発すのが脳、命令を実行するのが体です。
そしてそれを繋ぐのが首であり、辶(しんにょう)は往来を意味します。
指令と実行を繰り返すその経路を担うのが首であり、
稽古の意は、古(いにしえ)を稽える(考える)。
「先人の跡を求める事勿れ、先人の求めたる処を求めよ」(俳人・松尾芭蕉)
の金言の如く、行きつ戻りつ稽古に励み、己を練磨する。
命令(思考)だけでは成果は産まれないし、実行だけでは指針がない故に危険。
包丁は使い方を間違えれば凶器になります。武道の技術体系にも同じことが言えます。
よって道という概念があり、小学校で道徳の授業があるように、道を学び徳を養います。
それらを総じて「道」である、と神楽塾では定義します。