このページには稽古照今録の最新記事のみを掲載致します。
稽古照今録の全記事はこちら → 合気道 神楽塾 「稽古照今録」

 

合気道稲武塾道場開き

<稲武塾道場>

2026年7月14日
吉川先生の稲武塾道場開きが行われました!
鳥取県米子市にて、神楽塾とは同門道場となります。
吉川先生、稲武塾道場落成!誠におめでとうございます!!

さて、道場開きとは言いましても、意外と道場長本人はあっけらかんとしておりまして、
それというのも道場は既に試験的に始められていたので、
まぁ一応節目は付けましょうか、的な、なんとも自然体での道場開きでした。

の、はずでした。

が、なんと当日お昼前頃に凌雲館の竹玲先生からお電話が来て、出てみると、
「朝、道場に来てみたらいつもは居るはずの師範がいない。
 電話してみたら、「今岡山に着いた。米子に向かっとる」だそうなので、よろしく」
との事。蒼天の霹靂とはまさにこの事。
師匠は、何時から始まるのか、何処でやるのか、一切何も知らず、携帯は一応持っているけど竹玲先生と家の登録しかない。
にも拘らず、「とりあえず米子に行けばええじゃろ」の一念だけで
高知県から83歳、弟子の一人も携えず、車で高速に乗り出発してしまいました。
連絡を受けた後から、私大慌て!
どうやって合流しようか、いや、まず何でもいいから無事に米子までご到着くださいます様に。
えーと、帰りはどうする?泊まっていくか?さすがに日帰りは。。
いや、他の者にも連絡を。ああああ、道場長と連絡がつかないっ!!
私も、前述の様にのんびり気分で、神社に参ってからぼちぼち間に合うように道場へ、と思っていたのが
一転、大車輪の奮闘(まだ活躍してない)となりました。

で、なんとか師匠と合流できたのですが、師匠は落ち着いてのんびりとしたものです。。
無事に到着なさった事も相まって、どっと肩の力が抜けましたよ。
「これ、渡しに来た。すぐに帰るから」トランクガチャ。
(ええええーーーー!)
「いや、あの師匠、道場がすぐそこですから、是非そこで!」
「ああ、そう。じゃあそうしよう」トランクバタン。
「師匠、師匠の車を吉川が運転して参りますの・・」
「いや、ついて行くから」
「・・・。はっ、承知いたしました」細い道をゆっくり・・
そんなこんなで道場到着!(14時頃)
師匠はとてもお喜びでした。
半ば手作りで道場を造り、これから道を邁進するであろう若き道場長を祝福するように、
まずは道場を祓い、神前に祝詞を捧げて頂きました。

師匠が渡しに来た、というものがこちらです。

<玄舟翁直筆>

道場長のご家族も師範とお会いになり、小一時間と少し、話し込んで後、
師匠は前半の少年部の稽古に同席されました。17時終了。
「師匠、今日はお泊りになりますか?ホテルでも取れますし、道場長の自宅でも可能です」
「いや、ワシャ帰る!」
「・・・え?。(今から?)。えーと、あの、その・・お疲れでは?是非泊まっていらして(心配)」
「いや、ワシャ帰る」
「承知いたしました!」
「どうやって帰ったらいいの?」
「(んんん?)、はい。あの、高速の入口まで先導致しますのでついて来て頂いて、あとは全部ナビが誘導しますので」
そんなわけで、師匠はお帰りになられました。
欲を言えば、明日の神楽塾の稽古をつけて頂きたかったのですが、
師匠は破天荒、制御不能、全て神の啓示(直観)によって行動されますので、
私に出来ることは師匠のお付きを全神経集中研ぎ澄ませて完遂する事のみ。
なんだか昔の翁先生の逸話を聞いている(体験している)気分です。
なにはともあれ、突然の師匠の来訪でしたが、これ以上ない最高の稲武塾船出となりました!
期せずして師匠にお会いできて私も嬉しかったです^^
あ、師匠は無事21時過ぎ、高知にご到着なさいました。

<師匠と神前にて>

<少年部>

さて、吉川先生の道場開きには他にも沢山の方がお祝いに駆け付けてくださいました。
少しの時間しか取れなくてもわざわざ来てくださった方、
道場開きに稽古参加された方、神楽塾からも私含め4名で参加させて頂きました。
吉川先生の人徳を感じます。
人が集まればそこには陽の氣が満ちます。道場も喜んでいる様に感じました。
呼吸をしている建物は素晴らしいですね!

道場からは大山(だいせん)も見えます。中国地方最高峰の大山を望みながらの稲武塾。
道場長は「稲武塾の目標は大山を動かすことです!」と宣誓しました。
さーて、どうやって動かしましょうかねー!?


<稲武塾より望む大山>

                              令和8年 7月18日